「空港にF-15が降りている。」

2004/4/3  6:00pm  仲間の山西氏から電話が入った。

「んなあほな???」

私たちが作った政府によって「武力攻撃事態法」など有事関連三法は、
2003/6/6に既に成立している。   いよいよ来るべき時が来たのか?

あって松山から帰ってきたところ。まだ野暮用あってすぐには空港へは向かえない。
半信半疑、夜中に空港に行ってみた。

これから、なが〜い 6
日が始まる。

 

 

  2004/4/3  13:25

横田基地から岩国基地へ4機編隊で向かっていた
アメリカ空軍嘉手納基地所属(第18航空団(18WG))の
F-15C 2機(78-0504,78-0489)が徳島空港に緊急着陸した。
うち1機(78-0504)のメーターが燃料不足を示したため。

その日の夜、こうこうと照明を当てられ「2格」前に駐機していた。

民間機の運航に支障はなかった。

 

 

4/4 13:10

整備員10人と整備用機器を積んだC-130E (62-1834)が
嘉手納基地から到着。
横田基地所属(第374空輸航空団)の連絡機が
立ち寄ったよう。 

 

 

4/4 14:20

整備員と機材を降ろし輸送機が横田基地へ向う。
 N-TWYをRWY29へ。

      ここは、どこお?

 

 

4/4 14:40

スターターも到着したようで、
エンジン始動。(外部スターター無しでも始動できるらしい。)
自衛隊訓練の邪魔にならないようにか、
エプロン西端に自走移動した。

 

 

チェックが始まったが、この日(4日)は原因は分からず。
5日になって燃料系の電気系統部品の故障だったことが判明。
 夕方、一度エンジンを始動したがすぐ停止、それっきり。

修理部品を嘉手納基地から取り寄せていて、到着が7日になるためるため離陸はその後。
(徳島教育航空群広報室 5日発表)

6日は全く動きなし。

 

 

連日、大勢の見物客が詰めかけ、
     「滑走路が短く離陸できないので、機体をばらして陸送する。」
     「パイロットは とくとくターミナル(空港近くにある県外向け高速バスターミナル)から岩国へ行く。」
     「機体を軽くするため燃料を抜いている。」
     「夕べ、(F-15の)パイロットが秋田町(徳島市の歓楽街)で飲んみょった。(飲んでいた。)」
など評論家たちも集まり、いつになるか分からない離陸の時を待つ。




4/7

地元紙(徳島新聞)朝刊が「きょう午後に離陸。(嘉手納基地広報局発表)」と報道。

10:00am
「ひとかかえほどの荷物が佐川急便によって届けられ、直後、整備員が機に向かった。」と
仲間の前田氏からメールが入った。

 

 

正午前
修理が早々と終わったのかエンジン始動し、テストと思いきや帰投のためのタキシング開始。

この頃、10ノットを超える東風が吹いていて民間機も自衛隊機もRWY11を使っており、そのうえ騒音の影響も考えると誰もRWY11離陸を疑っていなかった。(たぶん)

ところがUSAF,JSDFの常識は徳島県民の非常識か。
2機のF-15は、RWY29に向かった。
それも評論家たちの手の届くほどの距離の北側平行誘導路を使い。
オーマイガ。

 

 

冷静にならなければ。

前出の前田氏によると、
「RWY29なら、オーバーランを含め2,500m使えるので、余裕を見たのではないか。」とのこと。なるほど説得力がある。
これだけエンジンパワーがあると、風向など関係ないのかな。

N-TWYを使ったのは、やはり重量の関係だそう。

着陸時は、S-TWY使用だった。との情報も。
ご存じの方、教えて下さい。

 

 


パイロットが観衆に手を振ってのタキシング
地元放送局(JRT)のニュースでは、
そのシーンが放送されていた。

県内外から大勢の見物客が訪れ、
経済波及効果、駐車違反車両数も増大したよう。

もっとも、付近にはタコ焼き屋台が出せたり、
駐車可能なスペースが十分にない。

 

 


嘉手納所属のテイルコード[ZZ]、ギョーカイでは「ぜぜ」と呼ぶらしい。
垂直尾翼一番上のフィンバンドから、第44戦闘飛行隊(44FS)機。

 

 

常識的にRWY11に着陸しN4をタクシーするBC253。
正面にF-15が見えるであろうことは何時知らされたのか。

 

 

11:54 am

論評に反し、1,000m足らずでテイクオフ。
軽ければ、300mほどで離陸できるらしい。

 

 

腹に響き渡るアフターバーナーサウンド。
2機のF-15は左旋回し、徳島市中心街にも轟音を響かせ紀伊水道へ。

嘉手納へ向かった。

 

 

4/8  10:57 am

ミッションを終えた整備士たちを向かえに来たのか、
USAF C-130H (74-1661)が離陸した。

アラスカ州エルメンドルフ基地
所属機
(第3航空団)で嘉手納基地へ向かったよう。

 

 

終わってみれば、アッという間の6日間。

大きな混乱もなく、F-15は無事帰っていった。

確かに、軍用機はよく故障しているようで、米軍基地などでの緊急着陸はかなりの数があるよう。

軍事基地を実感させらたれた6日間だった。

 

徳島県民も、

徳島道、高松道と高松空港、明石大橋と神戸空港、など高速交通網が整備され便利になるが、

しっかり徳島空港を使わなければ(徳島空港利用促進協議会会員ではないが)

徳島飛行場は完全な軍事基地と化すかもしれない。

 

 

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