JDA  TDA  (JD)

 

JAC  (JN,3X)

JAC がオペレートした全12機



退役キャンペーン スペシャル マーキング

残った4機にキャンペーン塗装が順次施され、05/12/8から路線投入された。




「 YS-11型機は、2006年9月30日をもって定期路線から退役いたします  」

JACが発表 (06/2/27)


JA8776 が 02/11/18 に引退
JA8809 が 03/06/29 に引退
JA8805 が 03/07/15 に引退
JA8777 が 04/04/09 に引退
JA8759 が 04/12/06 に引退
JA8781 が 05/02/28 に引退
JA8771 が 05/08/31 に引退
JA8763 が 05/10/10 に引退
JA8788 が 06/05/11 に引退
JA8717 が 06/09/11 に引退
JA8766 が 06/09/30 に引退
JA8768 が 06/09/30 に引退




CIVIL

 

 

JSDF

 
MILITARY




other A/P

YS-11

  





NAMC   (
Nihon Aircraft Manufacturing Corporation  日本航空機製造 )

 YS-11は、

1965年4月1日、日本国内航空により同機の世界初民間定期路線として、

東京−徳島−高知線に就航した。

シップは、東京オリンピック (1964) で聖火を運んだ”聖火”号 (JA8612 S/N 2002) だった。


「徳島−東京80分 快適飛行で時間も大はばに短縮です 定評あるジェット・パワーエンジン

ウェザー・レーダーも完備 優れた性能と安全性 騒音・振動の少ない快適な乗り心地は

従来の航空機にはみられないものです。」     (就航当日の新聞広告より)


その後、徳島空港では、

伊丹線11往復/日 (75/6/1) 、羽田線 5往復 (82/12/1)

と増便され主力機となり、

67/11/1 からの 東京-徳島-鹿児島線 (JDA 74/12/1運休)

00/6/1からの 関西線 (JAC 00/11/1運休) にも使用された。


しかし、ジェット化、明石海峡大橋開通などで減便が相次ぎ、

また、01/7/13から伊丹線 (JAC)1往復が、SAAB340に変更され1往復となり、

福岡線 (JAC) 2往復との計3往復の運航となった。

そして 02/1/7 をもって大阪線が廃止!

明石海峡大橋開通で高速バス(梅田まで約2時間)に旅客を奪われ

搭乗率が激減し(46% 01/08) 採算ラインを維持できないため。

残るは、福岡線2往復となった。
( 05/04/01に1往復に減便 )

06/09/30 ついに日本の定期旅客路線から退役。


徳島空港は、

民間定期路線のYS-11が最初から最後まで

41年間とぎれることなく就航した唯一の空港となった。

 



海上自衛隊は、

第61航空隊(厚木)の YS-11M/M-A で

徳島基地と下総、厚木、岩国、小月、大村基地間に定期便運行を行っていた。

 
14/12/24 海上自衛隊からも退役し、

徳島基地は 14/12/17 のYS-11M-A (9043) が最後の定期便となった。

後継は、C-130R



航空自衛隊が

徳島空港の航法援助施設点検を飛行点検隊 (入間) の YS-11FCで 行っていて

2020年まであのダートサウンドを聞くことが出来た。


最後の
ダートサウンド機 YS-11FC (52-1151) が 20/3/17 のラストフライトをもって退役。

後継は、U-680A



 


home




(C)  2001   RJOS PHOTO GALLERY

 

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system